鏡立山光明寺(愛知県岡崎市矢作町)岡崎三十六地蔵二十六番札所

寺院情報

寺院名鏡立山光明寺
所在地岡崎市矢作町加護畑六十九番地
御本尊木造阿弥陀如来立像
宗 派時宗
創 建大同五年(810年)
札 所岡崎三十六地蔵 二十六番札所
岡崎西国観音 十六番札所
御朱印
H P

参拝日:2021年1月13日

沿革・由緒

 鏡立山光明寺には、松平家初代「松平親氏」の物と伝わる位牌が納められており、「松平発祥に纏わる伝承」が残る寺院になります。

 永享十一年(1439年)三月、光明寺九世浄開上人の時、相模国藤沢にある清浄光寺の遊行上人が「長阿弥」、「徳阿弥」を従えて三河国の当寺に逗留された。永享十二年(1440年)六月二十五日に七日間にわたる法会が行われた際、浄開上人の実兄「酒井五郎左衛門」が取持として参加しており、この時徳阿弥を見た時、「この方は凡人に非ず訳ありの御方様也」として、「当家でぜひ御逗留を」と頼み込んだが遊行上人は許可しなかった。
 この時、徳阿弥は風邪気味であったことから、浄開上人が薬湯を献じるなど日々介抱しており、酒井五郎左衛門は弟の浄開上人と共に「徳阿弥公は風邪気味でありり是非酒井家にご逗留を」と何度も頼み込み、遊行上人はようやく許可し一行は酒井五郎左衛門の屋敷に移った。(この時、父親である徳阿弥も酒井氏の屋敷に移った様です。)
 その後、長阿弥が亡くなり、徳阿弥は加茂郡松平郷の「松平信重」の婿養子となり、還俗し松平親氏を名のり、松平郷に移った。この因縁から親氏公は折々光明寺を訪ねたとされ、さらに光明寺の住職も松平郷の屋敷を訪ねたと伝えられています。
 長禄三年(1459年)二月、親氏公は光明寺の本堂を再建。この時位牌二本を納めたとされ、この事から本堂を徳阿弥殿と呼ぶそうです。二本納めたという位牌のですが水害の際一本が流出してしまい、現在は一本のみが伝えられています。

 碧南の妙名寺とも松平町に伝わる伝承とも異なる「松平親氏伝」が光明寺に伝えられています。当サイトが纏めた「松平親氏」の記事の中でも述べていますが、松平親氏は三河国入国時期、死去時期については伝えられている史料によってバラバラであり死去時期だけをとっても100年ものズレが発生しています。こうした伝承がバラバラな所も実在性が疑われる要因であり、松平親氏は徳川家康によって造られた架空の人物であるとされる所以なのですが・・・。光明寺が徳川幕府より朱印地を賜っている事からも松平親氏に関する伝承も徳川幕府の意向が反映された物に書き換えられた可能性は否定できないのかなとは思います。

 光明寺の寺伝を見ていると、源氏に非常に縁のある寺院なんだなと感じます。

・建久八年 源頼朝堂宇再建
・建武二年 新田義貞、矢作川の戦いの際この地に陣を構える
・天授五年 足利義満供田寄進
・慶長八年 徳川家康朱印地寄進

 矢作の地は往古から関東と京を結ぶ街道が通っていた場所であるとも伝えられていて、矢作川を挟んでの戦いが少なくとも2回は行われるなど、非常に重要視される場所だったんだと思います。鎌倉時代を通じて三河国は足利氏の拠点であり、足利尊氏の時代には矢作に守護所が置かれていたようです。

 碧海郡矢作町大字矢作にあり。時宗の寺にして延暦年中の創建になる。往古天台宗にして、帝守院と号し勅願所たりき。大治二年寺号を光明寺と改む。建久八年源頼朝堂宇を再造し、供田若干を置く。弘安二年時宗に属す。建武二年新田義貞この地に陣するや、松井源太夫の女義貞に侍して一男を生む。小字竹壽丸長じて本刹第八世の住僧観鏡たり。天授五年足利義満供田若干を置く。相州藤沢清浄光寺長阿弥、徳阿弥,其の師に従い遊行し、本刹に至りて暫く留まれりと云ふ。慶長八年徳川家康供田八石を置てより各将軍朱印を交付するを例とせり。

愛知県碧海郡誌より

霊場を行く

 岡崎三十六地蔵三十六番札所「」を参拝後、一度バイクを停めていた岡崎城公園の駐輪場に戻り、バイクに乗って一気に矢作川を渡河して、矢作川以西にある岡崎三十六地蔵の札所である二十五番札所「慶念山誓願寺」と二十六番札所「鏡立山光明寺」を参拝していきます。

 まずは、矢作橋からほど近い所にある二十六番札所「慶念山誓願寺」を目指します。国道一号線の矢作橋を渡って矢作町に入ると、すぐ左手にお寺の本堂の屋根が見えてきます。この屋根の本堂が「慶念山誓願寺」になります。国道一号線からは直接境内に入れないので、ぐるっと南側に回り込んで向かいます。

 この記事を書いている時点でスタンプラリーに使うスタンプ台などが設置されているのかは不明ですが、現在でも「おかまいり」の公式サイトが稼働している(H3.4.29現在)ので、まだスタンプラリーは実施されているのかも?。巡ってみたいと思った方は、まだスタンプラリーがやっているかどうかを岡崎市観光協会に問い合わせる事をお勧めします。

時宗のスタンプは赤地に白抜き!
(浄土宗と同じです)

参拝記

 国道一号線から一本南側の路地に廻ると、今回参拝する光明寺の山門が見えてきます。山門の前はしっかりと参拝者専用の駐車場が用意されているので、車で巡拝していても問題なく駐車できるのがありがたいですね。

山門

 袖壁と潜戸が設けらえた薬医門の山門になります。その前に、山号が合わせて彫られている寺号標が据えられています。

 山門を潜ると、本堂に向けて石畳の参道が伸びており、その左右に、手水舎、地蔵堂、観音堂、鎮守社が参道の両脇に据えられている伽藍配置になっています。

手水舎

 木造瓦葺の転びがつけられていない四本柱タイプの手水舎になります。基石部分にアンカボルトがいれられて耐震性を強化しているんだとはおもいますが、すこし柱が細いからか不安定な感じがしてしまいます。

観音堂・鎮守社

 左手が観音堂、右手が鎮守社だる天満社が据えられている鞘堂になります。

地藏堂

 岡崎三十六地蔵の札所本尊が奉安されている地蔵堂になります。たぶん中央に据えられている地蔵堂が三十六地蔵のお地蔵様だとは思います。

 ここのスタンプ台は支柱によって据えられているタイプになります。

本堂

 瓦葺寄棟造妻入りの向拝が設けられた本堂になります。本堂は低床造なんですが、基礎が非常に高く作られている為、基礎がまるで濡れ縁の様に見えます。基礎が高いおかげか、向拝部分の柱などをみていると従来からの造りの本堂に非常に似ている様に見えるとう中々独特な造りになっています。

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地図で所在地を確認

寺院名鏡立山光明寺
所在地岡崎市矢作町加護畑69
最寄駅名古屋鉄道名古屋本線「矢作橋駅」徒歩8分
名鉄バス「矢作橋バス停」徒歩4分

寺院・霊場巡りの際のバイブルに

元々、当サイトは神社巡りを通じて、皆様の住んでいる所にある”村の鎮守の神様”と呼ばれる神社を紹介してくサイトを目指していたんです。むしろ寺院については、縁遠いものとおもっていたんですよね。しかし、ちょっとした御縁で弘法大師霊場に出会い、そして愛知県では一番活動が盛んな”知多四国霊場”を巡礼、結願する事になりました。でも、神社の事はある程度知識があっても、寺院については未知の世界だったので、少しでも巡礼の時に役に立てばと思い、こちらの本を読ませて頂いております。

少しでも巡礼の時にお役に立てる事もあるかと思います。是非一度読んでみてくださいませ。

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