長輝山甲山寺(愛知県岡崎市六供町)岡崎三十六地蔵八番札所

寺院情報

寺院名長輝山甲山寺
所在地愛知県岡崎市六供町甲越十七番地
御本尊不動明王
宗 派天台宗
創 建享禄三年(1530年)
札 所岡崎三十六地蔵 八番札所
岡崎西国観音 二十四番札所
御朱印
H P

参拝日:2020年11月15日

沿革・由緒

 大永四年(1524年)安祥松平家四代「松平清康」が岡崎(大草)松平家「松平(西郷)信貞」が居する岡崎城を奪取します。この時の岡崎城は、菅生川の南側(現在の名鉄東岡崎駅の辺り)にあり、清康はその岡崎城は破却し、現在の岡崎城が建つ菅生川の北側に新たに築城し、安祥松平家の本城を安祥城から岡崎城に移します。
 新たな岡崎城に移る際に、安祥城下にあった大同三年(808年)に伝教大師(最澄)が創立に関わったと伝えられる薬師堂並びに六坊(東圓院、多宝坊、極楽坊、吉祥坊、花蔵坊、法寿坊)を現在の地に移し「長輝山甲山寺」として、岡崎城の鬼門守護としています。

 この甲山寺の”甲山”とは、日本武尊の伝説が元になっていると岡崎市史では書いています。「日本武尊率いる東征軍が矢作の里に駐屯していた夜、日本武尊の夢の中に三人の老翁が現れ、「我等は三台星なり。東夷を鎮めんと出立した御身を守らんと、凱旋の日に甲をもって我らを祭り給え。」と伝えて遠くに飛び去り、東の山に三つの大きな岩となった。日本武尊は東征を成功した後、夢に告の如くこの地に甲を埋め、星の精を祀った。」という伝承を紹介し、この伝承により甲山寺が建つ地を”甲山”と呼ぶようになったとしています。

 岡崎市明大寺町諸神に鎮座する神明宮には、日本武尊が三老翁の夢を見た時に宿営していた場所に鎮座しているという伝承が残っているそうです。

 岡崎市での日本武尊伝承といえば一番最初に思い浮かべるのが「矢作神社」になります。大日本帝国の巡洋艦「矢矧」の艦内神社としても有名な神社になります。甲山寺の由緒ででてくる矢作の里に宿営していた場所がこの辺りなんだと思われます。

 その後、松平清康の子「松平広忠」は子が生まれないことを憂い、碧海郡和田村の定光坊の永玖に鳳来寺の薬師佛に祈願させると天文十一年(1542年)に男子を授かった。この男子が後の徳川家康になります。広忠はこの永玖の功に報いる為、天文十三年(1544年)松平家の祈願所とするべく和田村法性寺一山六坊(定光坊、杉本坊、密祥坊、中之坊、密厳坊、大圓坊)を甲山寺の地に移し、新たに護摩堂を建立し、これを甲山寺の惣本堂としています。

 元々の甲山寺の本堂は薬師堂であり、法性寺の本堂は大日堂であったこともあり、更に村民の願いもあり、大日堂は和田村に残されています。そしてこの大日堂は現在も和田村(現在の法性寺町)に健在です。

 現在は寺名を和田山法性寺と号しています。この地に残された大日如来を本尊とする寺院になります。また、山門に安置されている金剛力士像は岡崎空襲が行われた日の日中に甲山寺から運び出されたそうで、運ばれた日の夜に岡崎空襲があり、金剛力士像が安置されていた山門は灰燼に帰してしまったといいます。この金剛力士像の背中には「法性寺六坊」と彫られているそうです。

 慶長八年三月、徳川家康により本堂を再建、同年八月寺領二百五十石を賜り、さらに元禄十五年(1702年)二月二十八日、五代将軍徳川綱吉により本堂が改築を受け、また岡崎藩主より祈願料を納め武運長久の祈願を行うなと江戸時代を通じて、幕府または岡崎藩からの篤い庇護を受けてきたが、明治維新により寺領を失い、その規模の維持が難しくなってしまいます。最終的に一山十二坊を誇った甲山寺は甲山寺と極楽坊のみが残るのみとなってしまいます。

 岡崎市史に江戸時代の甲山寺の絵地図が載っていました。
 清康により安祥城下より移さた薬師堂を中心に六坊を総称して「甲山寺」と称するようになり、広忠により法性寺より六坊が甲山の地に移され、新たに建立された護摩堂を中心とした甲山寺十二坊となります。徳川家康の代になると、従軍して現地で戦勝祈願を行い家康の帰依を受けますが、江戸時代になるまでに五坊が戦死または断絶となり、法寿坊は駿府に朱印地を拝領した為、駿府に赴く途中不慮の災難に遭い出奔してしまった為、六坊が残るのみとなっていました。
 明治時代になり、幕府の庇護が無くなり、寺領も没収されるなどして寺院の規模の維持が困難となり、残っていた六坊のうち東圓院、定光坊、華蔵坊、密祥坊は極楽坊に合併し、その後安城に移り、残る一坊である多宝坊は総本堂であった護摩堂と合併して甲山寺を引き継ぐ形で当地に残る事になっていきます。

 江戸時代に幕府や藩の庇護が厚かった寺院程明治維新によりこの庇護が外れてしまうと寺院の運営が非常に厳しくなり、さらに廃仏毀釈の流れもあり、規模を縮小を余儀なくされたり、所によっては廃寺となってしまう中、まさに甲山寺もこの激流に流されてしまった寺院であるといえます。

霊場を行く

 岡崎三十六地蔵七番札所「諏訪山誓願寺/紹介記事」とその境内に接する様に鎮座する「諏訪神社/紹介記事」を参拝した後、岡崎市民会館の西側にある「長輝山甲山寺」を目指します。最近リニューアルされ雰囲気を一変させた籠田公園を左手に見ながら、岡崎市民会館方面に向かって歩いていきます。

 この記事を書いている時点でスタンプラリーに使うスタンプ台などが設置されているのかは不明ですが、現在でも「おかまいり」の公式サイトが稼働している(H3.4.29現在)ので、まだスタンプラリーは実施されているのかも?。巡ってみたいと思った方は、まだスタンプラリーがやっているかどうかを岡崎市観光協会に問い合わせる事をお勧めします。

参拝記

 「市民会館南交差点」から北を見たストリートビューになります。右手が市民会館、左手が今回参拝する甲山寺の境内入口になります。上記で紹介した絵地図を見ると、丁度この辺りは極楽坊が建っていた辺りの場所になるのかなと思われます。惣本堂であった護摩堂への参道はもう少し西側にあったようですね。

 で、もう少し西に進むと、非常にわかりにくい感じなんですが、護摩堂への石段の参道に続く境内入口がありました。こちらからでも甲山寺の本堂である護摩堂に向かう事ができます。

境内入口

 タイル敷の参道と石柱門の現代的?な境内入口となっています。その手前には

 これまた独特な寺号標が据えられています。

秋葉堂

 参道から本堂に向かう間に宝形造瓦葺の秋葉堂が建っています。この御堂の中には秋葉三尺坊の本尊が奉安されている事から、仏教系の秋葉山ということになります。

 秋葉堂の前に据えられている一対の石灯籠には向かって左側に「秋葉大権現」、右側に「三尺坊」と彫られています。神仏分離令によって、秋葉神社の御祭神「火之加具土命」と「秋葉三尺坊」が分離されてしまい、秋葉山にあった秋葉寺に奉安されていた秋葉三尺坊は現在、掛川の可睡斎にて移されて奉安されています。
 そもそも山岳信仰から登場したと思っている秋葉信仰がいつしか秋葉三尺坊と火之加具土命が同一視される様になり、そして明治になったらそもそも本体であった秋葉三尺坊が秋葉山から放逐されてしまった形になってしまった訳ですね。なんだか皇室の正統性を強める為に行われた明治政府の政策によって本来の姿をゆがめられてしまった感が非常に強く感じるのがこの秋葉信仰なんじゃないかと思う訳です。

本堂

 秋葉堂から先ほど紹介した本堂正面に設けられた石段を登って本堂に向かいます。

 入母屋造瓦葺平入の濡れ縁が設けられている本堂(護摩堂)になります。由緒でも説明していますが、この本堂が建立されたのは元禄十五年(1702年)二月二十八日に徳川綱吉の命により建立された物になります。

 岡崎三十六地蔵の八番札所の札所本尊となる地蔵尊はこの本堂(護摩堂)の内陣の中に奉安されているようです。

 本堂は、護摩堂によく見る造りとなっていて、外陣と内陣が仕切られ、護摩がたかれているので煤で黒くコーティングされています。ちなみに、この外陣部分に書置きの御朱印が用意されていて、朱印代は賽銭箱に収めて頂くことができます。

 内陣部分を失礼させて頂き、小さい厨子の中に奉安されている石像が岡崎三十六地蔵の札所本尊である地蔵尊象になります。

 本堂に札所本尊が奉安されていることから、おかまいり岡崎三十六地蔵スタンプラリーのスタンプは本堂の前に設置されています。青色で目立ちやすいですし、甲山寺の由緒書きのすぐ隣にあるのですぐわかるかと思います。

御朱印

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所在地を地図で確認

寺院名長輝山甲山寺
所在地愛知県岡崎市六供町甲越十七番地
最寄駅名鉄バス「本町バス停」徒歩7分

寺院・霊場巡りの際のバイブルに

元々、当サイトは神社巡りを通じて、皆様の住んでいる所にある”村の鎮守の神様”と呼ばれる神社を紹介してくサイトを目指していたんです。むしろ寺院については、縁遠いものとおもっていたんですよね。しかし、ちょっとした御縁で弘法大師霊場に出会い、そして愛知県では一番活動が盛んな”知多四国霊場”を巡礼、結願する事になりました。でも、神社の事はある程度知識があっても、寺院については未知の世界だったので、少しでも巡礼の時に役に立てばと思い、こちらの本を読ませて頂いております。

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