2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

八剱神社(蒲郡市三谷町) 西郡五社

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神社情報

神社名 八剱神社
鎮座地 愛知県蒲郡市三谷町七舗百三十九番地
御祭神 日本武尊
旧社格 郷社
創 建 寛治三巳年頃(1089年)
神名帳 「三河国新名帳」従五位上八剱天神 坐宝飯郡
境内社 源太夫神社、天満社、諏訪神社、稲荷神社、御鍬神社、秋葉神社、尺地神社、水神社、金毘羅神社
例祭日 十月第四日曜日
御朱印
H P

参拝日:2018年10月29日

八剱神社ホームページ紹介


八劔神社(蒲郡市)
蒲郡で七五三,初宮,車のお祓い,合格祈願など各種ご祈祷もお気軽にお問い合わせください。 また、八剱雅楽倶楽部など文化活動を行っています。雅楽にご興味のある方ぜひご連絡ください。

御由緒

「三河国神名帳」に従五位上八剱天神、坐宝飯郡とある。
寛治三巳年頃(1089年)の創建で治承年中(1177-80年)源頼朝再建する。建久元年(1190年)安達藤九郎盛長、頼朝の命により三河奉行として再建し、その後徳川内府より朱印社領二石斗を寄進、代々の領主崇拝する。寛文十一年(1671年)、弘化三年(1846年)の棟札を社蔵する。
明治五年十月、村社に列格し、同十七年八月十二日、郷社に昇格する。昭和三年五月、社務所を改築した。

「愛知県神社名鑑」より

歴史探訪

三河国司の藤原俊成卿が創建したという竹島に鎮座する八百富神社を後にし、国道23号線を一路東に向かいます。JR東海道本線「三河三谷駅」からほど近い場所に鎮座しているのが、八剱神社になります。

八百富神社(蒲郡市竹島町) 西郡五社
神社情報 神社名:八百富神社 鎮座地:愛知県蒲郡市竹島町三番十五号 御祭神:市杵島姫命 旧社格:県社 創 建:久安年間(1145~50年) 境内社:宇賀神社、大黒神社、千歳神社、八大龍神社 例大祭:十月第三日曜日 御朱印...

由緒にありますが、五井の長泉寺、八幡宮を参拝した時に出てきた、初代三河国守護「安達藤九郎盛長」の名を再び目にすることになります。実際三河守護に任命されたのは、盛長が死去する一年前・・・。さらに最後は宇都宮の成願寺にて余生を過ごしたという事もあり、三河時代に訪れたのは僅かなんじゃないかなと推定しているのですがどうですかね。

参拝記

八柱神社の鎮座場所

八剱神社周辺の地図を参照してください。

国道23号の八劔神社前という交差点から、八剱神社のランドマークの間には、地図では分かりにくいのですが、参道が伸びています。社殿の場所は丁度国道23号線とJR三河三谷駅の中間地点ぐらいに鎮座している形ですね。

参道の途中から参道入口の方向を望みます。
まさに参道の入口の真正面が「八剱神社前」交差点になります。

鳥居真正面に見える建物のすぐ向は三谷漁港になります。

参道入口

左の道路を進むと竹島遊園方面へ、右の道路は国道23号線になり、JR蒲郡駅南口方面に進んでいきます。そんな街道分岐点に八剱神社は鎮座しています。

社号標

旧社格部分がコンクリートで埋められているのにはっきりとわかってしまっている社号標になります。

一の鳥居

非常に大型の扁額の設けられた明神鳥居になります。
参道の両脇が近所の方達への月ぎめ駐車場として使われているようで、鳥居の下を車が通行しています。本来は車などは鳥居を潜らないというのが大前提なんですが、致し方ない部分ですよね・・。

一の鳥居から社殿方面を望みます。
参道が伸びていて、その先には石段が設けられていて、登り切った場所に鳥居が見えていますね。

境内入口

瑞垣で仕切られたここが境内入口になるんだと思うのですが・・・。
この鳥居を潜った先にも車が止められていて、境内だと言い切れないんですよね。

二の鳥居

注連縄柱と扁額の設けられた明神鳥居がお出迎え。
今まで、注連縄柱をあまり気に留めてこなかったんですが、何故、気にならなかったのかこの写真を見直してわかった気がします。わかります?

注連縄柱に注連縄が飾られておらず、他の神社同様に鳥居に注連縄が飾られています。そうなると、注連縄柱の存在感が一気に低くなってしまい目に入らなくなるわけです。

注連縄柱に注連縄が飾られたイメージはこんな感じ

豊川市の篠束神社になります。少し形状が異なりますが、こんな感じで柱通しを注連縄で結ぶ形になるわけです。

篠束神社(愛知県豊川市)
神社情報 社 名:篠束神社 鎮座地:愛知県豊川市篠束町西宮二十八番地 御祭神:大国主命、建速須佐之男命 旧社格:郷社 創 建:不詳だが、長徳元年(995年)以前から鎮座していたという。 境内社:蘇民神社、八幡社、三峯社、稲荷...

元々は、鳥居の代わりに用いられた物なんですが、鳥居が作られるようになると消えていた石造物の一つなんだそうです。そう思うと、二の鳥居が作られて注連縄柱は使われなくなった・・のかな?

二の鳥居を潜ると、左手に境内社の金毘羅神社と斎館がありました。

三の鳥居

太鼓橋を渡るとその先には扁額の設けられた明神鳥居が建っています。
ここまできて明確に境内と言えますね。

手水舎・水盤

瓦葺木造四本柱タイプの手水舎が建っているのですが、何故か写真を撮り忘れてしまいました・・・・。

また、近くを通った際に撮影してきます。

狛犬

拝殿前に、一対の狛犬が鎮座しているのですが、これまた撮影忘れ・・・。

社殿

入母屋造瓦葺平入、流れ向拝軒唐破風が設けられた拝殿になります。

千鳥破風が大屋根の設けられていますが、なにやら、切妻妻入りの幣殿の軒が飛び出ているんだとか。こういった造りを「権現造」と呼ぶそうです。ただ、ここ八剱神社の本殿は流造になっていて、拝殿、幣殿とは一体とはなっていない様です。権現造の王道は、平入の拝殿、本殿を妻入りの幣殿が貫く形で一体化した社殿の事を指すんだとか。

今まで装飾の為に千鳥破風を設けているんだなとしか思っていなかったのですが、もしかしたら、権現造だったのかもしれませんね。この辺りも今後注意深く見ていこうと思います。

境内社

本殿から見て左側に鎮座する源太夫神社になります。
祭神は乎止与命。尾張国造であり、ヤマトタケルの東征の副司令官となった”建稲種命”の父親になります。さらに言えば、日本武尊の最後の妻である「美夜受比売」の父親になります。

義理のお父さんが隣にいたんじゃ、日本武尊も落ち着けませんね・・・。

天満社、諏訪神社の相殿になります。向かって左が天満社、右が諏訪神社になります。天満社側には神使である牛の石像が置かれていますね。

水神社になります。その脇には浦島太郎伝説にまつわる長寿の亀の石造物が据えられています。

亀の上に乗ると長生きできるんだとか・・・。

ふみ・・ふみ・・ふみ・・

乗るというのは座るだけでいいんですかね・・・。

尺地社、御鍬社、秋葉社、稲荷社になります。稲荷社は単独の社ですが、他三社は相殿になっています。

金比羅神社になります。先に紹介していますが、この金毘羅者だけ三の鳥居の外側に鎮座しています。

参拝を終えて

西郡五社をすべて参拝することができました。
五社を回っているだけでも、蒲郡市の歴史には欠かせないキーパーソンが何度も登場してきますね。

藤原俊成、安達藤九郎盛長、竹谷(西郡)松平氏、五井松平氏、鵜殿氏・・・

これだけそれぞれが絡み合って歴史を紡いできている場所もすごいです。


この八剱神社は、山車の海中御渡で有名な三谷祭りの西宮となっています。

三谷祭公式サイト
三谷祭の公式サイトです。300年の歴史ある三&#358...

一度は実際に海の中を渡る風景を見に行きたい所です。

次の目的地は?

八剱神社の参拝を終えて、次は話を少し巻き戻す形になってしまいますが、赤日子神社を以前紹介しました。この赤日子神社に奥の院にあたる磐座があると聞いたので、そこを紹介します。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。
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