城跡巡り 蒲郡市

八幡宮(蒲郡市五井町) ・五井城址

2018年10月27日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

ONE POINT

 蒲郡市五井町に鎮座する八幡宮の紹介です。鎌倉幕府の三河守護代である「安達盛長」が「龍田山長泉寺」共に再建した神社であると伝えられ、室町時代になると神社の南側に「五井城」が築かれ、松平家庶家の五井松平家からの庇護を受けていた神社になります。

神社情報

神社名八幡宮
鎮座地蒲郡市五井町岡海道八十番地(Googlemap
例大祭十月第一日曜日
創 建不詳
御祭神譽田別尊
神功皇后
大雀命
旧社格指定村社
神名帳

境内社

境内社熊野神社
稲荷神社
津島神社
天満神社
秋葉神社
金山神社

文化財

国 宝
国指定
県指定
市指定
町指定
村指定

参拝情報

御朱印
URL
駐車場×
参拝日2018年8月18日

御由緒

 「龍田山長泉寺/紹介記事」の隣に鎮座し、鎌倉幕府の三河守護代「安達盛長」により長泉寺と共に再興された「八幡宮」になります。平安末期から鎌倉初期にかけて、「源行家」がこの五井の地に屋敷を構え、鎌倉幕府成立後、謀反の罪で処刑された後も、一族はこの地に住んでいたと言われています。いつしか、屋敷は「五井城」となり、真偽は解りませんが、室町幕府中期から後期になると、「上ノ郷城/紹介記事」城主鵜殿氏の一族が治めていたとも言われています。
 松平郷から岩津城、安祥城に進出してきた「松平家」宗家三代目「松平信光」が七男「松平忠景」は長男「守家」の竹谷四男「与副」の形原に次いで現在の蒲郡に進出を行います。「五井城」を落とした忠景は、五井の地を受領し「五井松平家」の祖となっていきます。

五井城

 五井城の縄張り図になります。五井城の北側には、今回参拝する「八幡宮」その左隣には「龍田山長泉寺」が描かれています。一説には、現在八幡宮の境内前にある池はこの縄張り図で五井城のすぐ北側にある池になるんだとか。
 昭和初期までは、土塁跡などが残っていたそうなのですが、宅地化などで五井城の遺構はまったく残っていません。

 右側にみえるフェンスに囲まれている場所が五井城の縄張り図に描かれている「池」になるんだとか。ということは、この写真を撮影している辺りは、堀跡もしくは土塁跡になりそうな感じですね。

 長泉寺の紹介記事でも載せていますが、元五井城の門を移築したと言われている長泉寺の山門もになります。

 天正六年(1578年)九月十四日に、徳川家康が参拝したと伝えらる。江戸時代には、八剣神社、八百富神社、大宮神社、乙姫神社とともに、西の郡(現、蒲郡)領内五社の一つと数えられています。

蒲郡市

2022/11/17

八剱神社(蒲郡市三谷町) 西郡五社

蒲郡市三谷に鎮座する八劔神社の紹介です。御祭神は日本武尊。蒲郡市の無形文化財に指定されている山車が海の中を渡る「三谷祭」が有名。

蒲郡市

2022/11/15

八百富神社(蒲郡市竹島町) 西郡五社

三河湾に浮かぶ竹島を境内地する八百富神社の紹介です。琵琶湖に浮かぶ竹生島から勧請された市杵嶋姫命を御祭神としています。竹島全体が国の天然記念物にしていされています。

蒲郡市

2022/11/15

乙姫神社(蒲郡市水竹町) 西郡五社

神社紹介 神社情報 神社名乙姫神社鎮座地愛知県蒲郡市水竹町下島一二一番地(Googlemap)例大祭十月第日曜日 創 建天正九年(1581年)御祭神豊玉姫命肆長津彦命水分神 旧社格村社神名帳ー 境内社 境内社ー 文化財 国 宝ー国指定ー県指定ー市指定町指定村指定ー 参拝情報 御朱印ーURLー駐車場ー参拝日2018年10月29日 御由緒  天正九年(1581年)に額田郡千万町から当地に遷座したという。慶長十年(1605年)吉田藩主である松平玄蕃頭の室乙姫が信仰し、竹谷松平氏、西郡松平氏が崇敬したという。 松 ...

蒲郡市

2022/11/17

大宮神社(蒲郡市宮成町) 西郡五社

蒲郡市宮成町に鎮座する「大宮神社」の紹介。三河国司であった藤原俊成の娘「菊姫」が熊野権現を勧請し創建した神社と伝えられている。境内には菊姫の墓所もあります。西郡五社のひとつとされ西郡松平家の崇敬をあつめていた神社だと思われます。

城跡巡り 蒲郡市

2022/11/15

八幡宮(蒲郡市五井町) ・五井城址

 蒲郡市五井町に鎮座する八幡宮の紹介です。鎌倉幕府の三河守護代である「安達盛長」が「龍田山長泉寺」共に再建した神社であると伝えられ、室町時代になると神社の南側に「五井城」が築かれ、松平家庶家の五井松平家からの庇護を受けていた神社になります。

霊 場西郡五社

 社伝に久安年中(1145-50年)に勧請する。建久元年(1190年)安達藤九郎盛長社殿を再建す。寛正五年(1465年)藤原秀行造営とあり。天文七年(1538年)松平信長、永禄十二年(1569年)松平景忠それぞれ造営あり。天正六年(1576年)九月十四日、徳川家康参拝する。「社家記録」に検地の際、四石九斗五升とあり、代々の領主、藩主崇敬厚く、明治五年十月村社に列し、同四十二年九月一日、神饌幣帛料供進指定をうけた。昭和十五年九月、社殿を造営する。飛地境内地阿須賀天満社字内山七十二番鎮座。文亀二年(1502年)の創建、天正三年(1575年)菅原道真を合祀した。

愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」

御祭神

  • 譽田別尊
  • 神功皇后
  • 大雀命

誉田別尊とは?

八幡神と同一視されている「応神天皇」の日本書記で書かれている別称。古事記では「品陀和氣命」。

 第十四代仲哀天皇と神功皇后との間に生まれた御子。神功皇后は、臨月だった時に新羅征伐に出陣しており、この時石をお腹にまいて、出産を送らせたというエピソードが古事記などに描かれています。

 戦の神とも呼ばれる「八幡神」と同一視され、宇佐八幡宮の由緒では「八幡神は応神天皇の御神霊であり、欽明天皇の御代である571年に宇佐の地に始めてご示顕になった。」と書かれています。神仏習合時には八幡神は阿弥陀如来を本地としており、天応元年(781年)朝廷は宇佐八幡宮を鎮護国家・仏教守護の神として八幡大菩薩の神号を贈った。
 さらに、武士が台頭してくる平安時代後半の頃には戦の神である事から武士たちの崇敬を集め、全国に八幡宮が勧請されるなど「八幡信仰」が非常に盛んになっています。

 明治維新を迎え、神仏分離が行われると、八幡大菩薩を御祭神としていてきた八幡宮の多くは御祭神を「応神天皇」としています。

神功皇后とは?

第十四代仲哀天皇の皇后であり、十五代応神天皇の母。

 仲哀天皇が崩御された時、まだ応神天皇が幼少出会った為、摂政として国政を取り仕切る。神懸りによる住吉神の神託に従い新羅征伐を行い、応神天皇の異母兄を平定し、治世を安定させたと伝える。

 江戸時代には邪馬台国の卑弥呼と同一視する風潮があったそうだが現在ではその可能性はほぼないようです。

大雀命とは?

 第十五代応神天皇の御子で第十六代「仁徳天皇」の別称。

 全国に鎮座する若宮八幡宮の御祭神として祀らえれている事が多い天皇であり、記紀によると、貧困にあえぐ民衆の為に三年課役を免除し、民衆の生活を豊かにし、さらに当時都をおいていた難波周辺の治水事業を進めるなど「聖帝」とも称される天皇になります。

御朱印帳の保管に

 数年前より非常に集める方が増えた「御朱印」ですが、皆様は御朱印帳はどうやって保管していますか?神社・仏閣を廻って御朱印を受けているとあっという間に御朱印帳の冊数が増えていきますが、そのまま棚などに置いている方が多いのでは?。せっかくお受けした御朱印ですので、日本では古くから着物を始めとして大切なものを保管する為に使われていた「桐箱」に入れて保管した方がよろしいかと思います。

 ぜひ、皆様も桐箱に御朱印帳を保管されてみたらいかがですか?

歴史探訪

 五井の地に非常に影響を与えた「安達盛長」、「五井松平家」の崇敬を集め、造営を行われてきた「八幡宮」になります。五井城の鎮守社としても祀っていたと思われます。

五井松平家

龍田山長泉寺/紹介記事

深溝松平家

瑞雲山本光寺/紹介記事
向野墓所/紹介記事

参拝記

五井松平氏の菩提寺であり、鎌倉幕府初代三河守護の安達藤九郎盛長の五輪塔がある"長泉寺"と境内を接して鎮座しているのが今回紹介する「八幡宮」になります。

境内入口

石灯篭、社号標、鳥居、幟立石を有している境内入口になります。
入口自体は石段になっていて、車での侵入はできないようになています。

ちなみに、上記写真を撮影している場所から180度反転してみると・・・

ご覧の様に、石灯篭が対で建っています。

 古地図を見ると八幡宮正面には五井城があったと書かれていますが、五井城自体は江戸時代に入る前に廃城となっているはずなのですが、参道は五井城があった時代の名残でこうしたまさに変則的な参道が残ったということなのでしょうか。
 この石灯篭が一対建っている場所から向う側は五井城だった・・・のかな?

社号標

旧社格が彫られている社号標になります。

鳥居

弘化四年製の扁額のない明神鳥居がお出迎え。
久々に江戸時代生まれの石鳥居に出会えました。

手水舎・水盤

銅葺木造四本柱タイプの手水舎になります。
屋根勾配があまりなく、ぺたっとした感じの屋根ですね。

狛犬

紀元二千六百年(昭和十五年)生まれの子乗り、玉乗りの狛犬一対です。
皆様のお近くの神社にも紀元二千六百年記念の石造物があるかもしれませんね。

社殿

入母屋造に千鳥破風が設け、更に唐破風の向拝が設けられた高覧のある廻縁のある拝殿になります。
正面から見て、千鳥破風、唐破風の向拝が設けられている社殿をちょこちょこと見かけるのですが、ちょっと屋根がゴテゴテしすぎな気がするんですけどね。

拝殿から本殿に向って伸びている幣殿と渡殿になります。
一番奥に流造の本殿が鎮座しています。
玉垣の造りなどから、元々は露天の祭場だったんだろうと想像できます。戦後に造営工事で渡殿と幣殿が増築されたんだろうなあと思うのですが、どうでしょうね。

境内社

社殿向かって左手に鎮座する相殿の境内社になります。
熊野神社、稲荷神社、津島神社、天満神社、秋葉神社、金山神社の六社が鎮座しています。

この六社の内、金山神社について、「チンチン石」と呼ばれる民話が伝承されています。
たたいて祈れば金持ちになれるという石の伝説なんですが、日本全国に似たような民話があったりするんですが、口伝で広がっていくんでしょうかね。

懸魚・鬼瓦

鰭付きの三花懸魚になります。
非常に少数派の懸魚ですので、一見の価値ありですよ。

参拝を終えて

五井城の北側に鎮座している神社になります。
由緒から想像するに、平安期の頃から五井の街を見守ってきた神社という事になりますね。

鎮座地を神社で確認

神社名八幡宮
鎮座地蒲郡市五井町岡海道八十番地(Googlemap
最寄駅電車:
バス:とがみくるりんバス「五井町民会館バス停」徒歩6分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である"天照大御神"とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

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南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

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