糟目犬頭神社(愛知県岡崎市宮地町)

kentou5神社名:糟目犬頭神社
鎮座地:岡崎市宮地町字馬場三一番地
社 格:郷社
:延喜式内社 三河国 碧海郡 六座 並小 糟目神社
:三河国内神明帳:明神二十二所 正四位下 糟目明神 坐 碧海郡
:三河国内神明帳:明神二十二所 従四位上 犬頭明神 坐 碧海郡
祭 神:彦火火出見尊、熊野大神(伊邪諾尊、伊邪册尊、素戔嗚命)、犬頭霊神
創 建:大宝元年(701年)
参拝日:2016/11/11

前回紹介した「犬尾神社」の本宮に当たるのがこの糟目犬頭神社になります。

大宝元年(701年)に上和田村西糟目地内に彦火火出見尊を祀り糟目神社と称してしたそうです。その後、永延元年(987年)に熊野三所権現を合祀
その後、建久元年(1190年)矢作川の洪水の為、現在の鎮座地に遷座したそうです。


犬尾神社のページでも書いたのですが、
「貞和2年(1346)、上和田城主宇都宮泰藤が、糟目犬頭神社の近くで鷹狩をし、境内の大杉の下で休憩をしていた。ところが、大杉の上には大蛇がおり、泰藤を襲おうとした。
泰藤がつれていた白い犬が、これに気づき、吠えて主人に知らせようとしたが、泰藤は寝ていて、気づかず。犬は、三度吠え続けたが、目覚めた泰藤は、犬の吠えることを怒り、犬の首をはねてしまう。
はねられた犬の首は飛び上がり、大蛇の喉に噛み付き、大蛇を殺し、主人を救う。大蛇に気づいた泰藤は、この犬に感謝し、犬の頭を手厚く葬り、糟目犬頭神社に祀ったという。また、犬の尾は犬尾霊神として、下和田の新宮(犬尾神社)に祀ったという。」


この犬神伝説なんですが、社伝では、鎌倉討幕後起こった南北朝の動乱期に足利尊氏に討たれた新田義貞の首を南朝方の宇都宮泰藤が延元3年(1338)京より奪い返し当地に埋めたされ、この事を隠す為に犬神伝説が流布されたと伝えられているそうです。

その首塚とされるのが
kentou9境内地にある大和田島弁財天社になります。


kentou1参道入口です。延喜式 郷社 糟目犬頭神社 独特の社号標が目をひきます。
かなり奥の方に見えるのが二の鳥居
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岡崎市の重要文化財に指定されている「越前式鳥居」
反り具合が独特な鳥居ですね。
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編額が掲げられた神門
この辺りの村の鎮守とされている神社では、あまり神門は見かけませんね。
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水盤です。
水盤に取り付けられた蛇口といい、シンプルというかなんか寂しい感じですね。
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熊野権現の合祀1000年記念として昭和62年奉納された狛犬
この糟目犬頭神社には、他にも岡崎市の重要文化財に指定されている慶長15年(1610年)に奉納された狛犬一対が本殿前にあるそうなんですが・・・
kentou7本殿の周りは、壁状の瑞垣に有刺鉄線まで配備。
さらに渡殿のおかげで本殿前部がまったく見えなくなっております。
他のサイトでは、どうやって撮ったのか解りませんが、狛犬が載っている所もありますが、当サイトでは、目線を切って保護している氏子の皆様の考えを汲んで、無理やりな撮影を行っていないので、写真はありません。
kentou6その代わり、本殿の懸魚を!
鰭付きの猪目懸魚です。

kentou8拝殿に戻って、扉を見てると、三つ葉葵
徳川家から朱印を明治まで寄進されていたそうで、その名残でしょうかね。

kentou11立派な公民館が神社に沿うように建っています。なかなか立派な公民館ですな。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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