2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

犬尾神社(愛知県岡崎市下和田町)

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神社情報

神社名:犬尾神社
鎮座地:愛知県岡崎市下和田町字北浦二四番地
御祭神:彦火火出見尊、熊野大神(伊邪諾尊、伊邪册尊、須佐之男命)
旧社格:神饌幣帛料供進村社
創 建:永延元年(987年)
境内社:稲荷社・秋葉社・神隅司社・鎮守社・津島社
例大祭:十月十四
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参拝日:2014/8/11

御由緒

創建は古く永延元丁亥年(987年)六月十五日の歓請と伝える。宮地町の犬頭神社と同時代の創祀なり。熊野神社犬尾大明神の額、現存する。喜慶二年(1388年)加茂社社殿造営のことあり。元禄年間社殿造営の棟札を社蔵する。明治七年十二月五日、村社に列格し、同四十年十月二十六日供進指定社となる。
注)犬はいぬの伝説、絹糸を献上した郷ともいい、新田義貞の首塚を守るために疑似としての犬塚の伝説ともいう。

愛知県神社庁 発刊
「愛知県神社名鑑」より

参拝記

神社周辺情報

ほとんど遺構は残っていないのですが、この辺りに下和田城があり、その隣(城内?)に鎮座していたのが、この犬尾神社になります。
元々、彦火火出見尊を祭っていたそうなのですが、永延元年(987年)六月十五日に熊野大社より熊野大神の歓請を受け合祀したと伝えられています。今でも扁額には、熊野神社犬尾大明神と書かれていたりします。

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福岡町から下和田町に抜ける市道沿いに鎮座しています。非常に道路幅が狭いのですが、抜け道となっている為、交通量は多めです。

社号標

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上記の境内入口とは別に、脇入りの入口にも社号標が据えられています。
瑞垣と一体化してますね。

鳥居

鳥居だけの写真を撮り忘れています。
この神社の鳥居は明神鳥居になりますね。

手水舎・水盤

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手水舎はなく、水盤が露天で置かれています。

祓所

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祓所があります。

狛犬

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昭和2年生まれの狛犬一対

社殿

入母屋造、銅葺、平入の縁縁のある拝殿になります。
軒下の造りが神社というより寺のようですね。

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本殿前の神門です。
ここの社殿は、拝殿-祭場-神門-本殿となっています。
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境内脇に遺棄?された古い扁額。
熊野神社犬尾大明神と彫られていますね。

境内社

境内入口横に鎮座する秋葉社

神宮司社:祭神は不明

稲荷社

他にも4社の境内社が鎮座しています。

懸魚・鬼瓦

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最後に本殿の懸魚を
小ぶりな猪目懸魚なんですが、鰭と本体のバランスがいい感じですな。
その上の三つ葉葵の紋は、神紋なのか、三河だからなのか、不明です。

犬神伝説

この犬尾神社なんですが、同じ岡崎市の宮地町内に鎮座する「糟目犬頭神社」と共に犬神伝説に関わっています。


「貞和2年(1346)、上和田城主宇都宮泰藤が、糟目犬頭神社の近くで鷹狩をし、境内の大杉の下で休憩をしていた。ところが、大杉の上には大蛇がおり、泰藤を襲おうとした。
泰藤がつれていた白い犬が、これに気づき、吠えて主人に知らせようとしたが、泰藤は寝ていて、気づかず。犬は、三度吠え続けたが、目覚めた泰藤は、犬の吠えることを怒り、犬の首をはねてしまう。
はねられた犬の首は飛び上がり、大蛇の喉に噛み付き、大蛇を殺し、主人を救う。大蛇に気づいた泰藤は、この犬に感謝し、犬の頭を手厚く葬り、糟目犬頭神社に祀ったという。また、犬の尾は犬尾霊神として、下和田の新宮(犬尾神社)に祀ったという。」

こういった犬神伝説は全国各地に伝わっています。何かから目をそらさせる為に、こういった伝説が流布されていったと考えれています。


元々糟目犬頭神社があり、下和田城周辺の鎮守の為、糟目犬頭神社の新宮を現在の犬尾神社辺りに作ったのではないかなと思います。そして上記の犬神伝説を流布する時に、現在の社名に替えたと考えます。

参拝を終えて

犬神伝説の一翼を担う神社になります。
南北朝時代からの歴史の変遷を感じられる神社ではないでしょうか。

近隣の神社

地図で所在地を確認

”愛知県岡崎市下和田町字北浦二四番地”

矢作川神社巡り紀行

矢作川沿いに鎮座する神社を参拝、紹介をしております。興味がありましたら、順次更新しておりますので、のぞいてみてください。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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