熱田神宮末社元宮(名古屋市緑区大高町)建稲種命屋敷跡、氷上姉子神社元宮

 伊勢国から船を使い航路にて尾張国の「名和」に上陸したヤマトタケル率いる東征軍。伊勢湾横断に使用した船を海岸に生えている松の木に「縄」で縛った事から周辺の地名を「名和(なわ)」を呼ぶようになったという伝承が残っています。

火上山とは?

 古事記では、「ヤマトタケルが東征の途中、尾張国の「建稲種命」が住む火上山の館を尋ねた時、建稲種命の妹「美夜受比売(日本書記では「宮簀媛」)」と東征から帰国したら結婚する約束をした。」と記されている様に、尾張国造と言われる「乎止与命」の息子「建稲種命」と妹「美夜受比売」が居していた館跡と伝承されている場所が「火上山」になります。

 また、東征から帰ってきたヤマトタケルは約束通り「美夜受比売」と結婚し暫く火上山の館又はその麓にしばらく滞在していましたが、伊吹山に荒ぶる神がいると聞いて、草薙剣を美夜受比売の元に残したまま、で退治に出かけますが、返り討ちにあってしまい、美夜受比売の元に帰ることなく、伊勢国に向かい、能褒野の地で亡くなってしまいます。美夜受比売はヤマトタケルから託された草薙剣を火上山に祀り奉祀していましたが、やがて年老いてくると、一族を集め、新たに草薙剣を奉る場所の選定を行ったといいます。そこで、火上山から北の対岸に「ある楓の木があり、自ら炎を発して燃え続け、水田に倒れても炎は消えず、水田もなお熱かった。」という場所があり、この場所を「熱田」と号して、草薙剣の奉斎する社地に定めたといいます。この奉斎する社地が「熱田神宮」になります。そして、美夜受比売が亡くなると、火上山の館跡に美夜受比売の神霊を奉った神社が創建されます。この神社が「氷上姉子神社」であり、持統天皇四年(690年)に現在の境内地に遷座しています。

 こうした所縁がある場所から、現在では火上山の山頂に熱田神宮の末社「元宮」が鎮座し熱田神宮によって管理されています。
 尾張国造の館 → 草薙剣の奉斎地 → 美夜受比売を祭神とする「氷上姉子神社」の境内地

という、尾張国のみならず、日本国の成り立ち又は天皇家に深く関わっている場所という事で、もっと注目されてもいい場所なのではないかと思っています。

 尾張名所図会にも氷上姉子神社と火上山の様子が描かれています。現代とは大きく異なる氷上姉子神社の社殿の様式と、火上山に鎮座する社が元宮と神明社以外にも「白鳥祠、物部祠、大氏祠、白山祠」など何社か鎮座していた事が見て取れます。そして、火上山の西側には帆掛け船の姿が見え、北側には波紋が見えている事から、江戸時代になっても火上山は海に面していた場所だったことがわかります。

 ヤマトタケルに関しては、「実は複数の人の活躍をひとまとめにして生まれたのがヤマトタケルだ。」という説が有力視されています。まあ、ヤマトタケル伝説を見ていくと、これを一人で行うには少しどころかかなり無理あるなとは思う訳です。ヤマトタケルが想像上の架空の人物だったとしても、ヤマト朝廷のしかもかなり身分の高い方が東征を行い、尾張国にその足跡を残したというのは間違いない事なのではないかと思います。ただそんな事を言いだしたら、古事記も日本書記も成り立たなく鳴ってしまう気がするので、ヤマトタケルは実在し、東征で尾張国を尋ね、そして東征からの帰国の途中に再び尾張国に立ち寄り「美夜受比売」と結婚したんだとしていこうと思います。

火上山の現状

 火上山に建稲種命が住んでいた館跡などの遺構はなく、山頂部分に、熱田神宮末社「元宮」が鎮座し、そこから少し下がった場所に「神明社」が鎮座しています。熱田神宮が現在の境内地に遷座する前に鎮座していた元宮であることから、現在でも熱田神宮によって火上山全体が管理されている様です。

 元宮の社の隣には、「尾張国造之祖、倭武天皇皇妃 宮簀媛命宅跡」と記された石碑が据えられています。倭武天皇とはヤマトタケルの事だと思うのですが、ヤマトタケルは天皇に即位することなく、能褒野の地で没しています。十二代景行天皇の跡を継いだのはヤマトタケルの異母弟である十三代成務天皇であり、成務天皇の跡を継いだのがヤマトタケルの皇子である十四代仲哀天皇になります。倭武天皇とするのは、熱田神宮の資料に基づくことなんですかね。または、倭武天皇=ヤマトタケルではないのでしょうか。

歴史探訪

 尾張国の「名和」に上陸したヤマトタケル率いる東征軍は、上陸した周囲に駐屯し、ヤマトタケルと副官を合わせた数名で尾張国造である「建稲種命」の住む火上山の館に向かったと想像されます。尾張国造である「建稲種命」は元々から朝廷に与する勢力であったことから、ヤマトタケルは東征軍への援軍を依頼する為に建稲種命の元を尋ねたのではないでしょうか。建稲種命はヤマトタケルの申し出を受け入れ、参加の豪族達を説得し、東征軍の一翼を担う軍勢を送り出し、更に建稲種命自らが軍勢を率い、東征軍の副将として参加しています。

 ヤマトタケルは東征軍の編成が完了間、火上山の館に滞在していたとされ、この間に建稲種命の妹である「美夜受比売」と出会い、そして恋仲となり、ヤマトタケルが東征から帰ってきた時に結婚の約束をしたとされています。

 東征軍の編成が完了し、ヤマトタケルが尾張国を出立すると、美夜受比売は火上山の館の門を閉ざし、ヤマトタケルが帰還するまでの間、ヤマトタケル率いる東征軍の無事を祈願し続けています。そして、無事ヤマトタケルが東征から戻ってくると、二人は結ばれたとしています。

 美夜受比売の兄であり東征軍副将だった「建稲種命」は尾張への帰路の途中、駿河湾にて珍しい海鳥を発見し、ヤマトタケルに献上しようと捕獲を試みますが、その際、船から転落し水死してしまいます。遺体は愛知県西尾市の幡豆海岸に流れ着いたとされ、村人たちがその遺体を埋葬した場所に「幡頭神社/紹介記事」が創建され、また、流れ着いたとされる「亀石」のある地にも「幡豆神社/紹介記事」が創建され、両社ともに「建稲種命」を御祭神として祀っています。

 ヤマトタケルから託された「草薙剣」を火上山の館にて年老いるまで奉斎し続けたのは、愛したヤマトタケルの為だけでなく、元々は火上山の館の主であり兄の建稲種命を感じ続ける為だったのかもしれませんね。

 愛知県内におけるヤマトタケル東征の伝承地を巡っています。日本書記では伊勢から駿河に海路で向かったとされ尾張国、三河国に立ち寄ったとは書かれていません。しかし、古事記には東征に向かう途中尾張国にて美夜受比売と出会ったと記載されており、ヤマトタケルが尾張国に立ち寄ったとされています。
 尾張国、三河国にてヤマトタケルがどういった行動をしていたのかは、古事記にも記されておらず、不明なのですが、尾張国、三河国の各地には、ヤマトタケルの東征軍の伝承が残っていて、その足跡を追いかける事ができます。

 そこで、当サイトでは愛知県各地に残るヤマトタケルの東征の伝承地を尋ねていき、どのようにして尾張国、三河国を進軍していったのかと追ってみたいと思います。

参拝記

 火上山は氷上姉子神社の境内の西側にある小高い丘の様な山になります。氷上姉子神社の境内に用意されている駐車場に車を停め向かう事になるかと思います。その際は、氷上姉子神社に参拝してから向かってくださいね。

 氷上姉子神社の境内入口から火上山方面を望みます。「元宮」と彫られた社号標と鳥居を有する火上山山頂に鎮座する元宮への参道入口を見る事が出来ます。

 独特の雰囲気を醸し出す、熱田神宮末社「元宮」の参道になります。一応火上山全体が氷上姉子神社の境内地という扱いになるようです。熱田神宮の摂社である氷上姉子神社の境内地に熱田神宮の末社である「神明社」と「元宮」が鎮座しています。先に紹介している尾張名所図会の氷上姉子神社の挿絵で描かれていた他の祠はどうなってしまったんでしょうか。

熱田神宮 末社「神明社」

 参道を歩く事1~2分で、熱田神宮末社の「神明社」が鎮座している場所にたどり着くことができます。御祭神は「天照大御神」になります。

 神明社への参拝を終え、更に参道を進んでいきます。

 神明社が鎮座していた場所から更に2~3分歩いていくと、神明社が鎮座している場所から一段高くなっている場所に「元宮」が鎮座しています。

 参道を登り切った先に「元宮」が鎮座しています。

熱田神宮 末社「元宮」

神社名熱田神宮末社 元宮
鎮座地愛知県名古屋市緑区大高町
御祭神宮簀媛命
旧社格
創 建不明
神名帳
境内社
例祭日
御朱印
H P

 社名となっている「元宮」は元々この地に鎮座していた「氷上姉子神社」の元宮(旧境内地)であることから称された社名であるそうです。しかし、宮簀媛命がヤマトタケルから託された「草薙剣」をこの火上山で奉斎し、後に草薙剣を熱田に遷座させ、かの地に草薙剣を御神体とする熱田神宮が創祀された事からも熱田神宮の元宮という側面もあるのかなと思います。

 元宮の社の隣には、先に紹介した「宮簀媛命宅跡」の碑が据えられています。まさにここがヤマトタケル伝承の地であることを示している様です。

地図で鎮座地を確認

名 称火上山、建稲種命・宮簀媛命館跡、熱田神宮末社「神明社」「元宮」
鎮座地愛知県名古屋市緑区大高町火上山地内
最寄駅名古屋市営バス 緑循環線「折戸バス停」徒歩8分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である”天照大御神”とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

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南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

神社誌作成プロジェクト

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