古墳巡り 安城市

堀内貝塚と堀内古墳と碧海山古墳

2020年6月13日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

堀内古墳詳細

古墳名堀内古墳
所在地愛知県安城市堀内町屋敷地内
形状円墳
規模東西21.5m、南北23.6m
指定・種別昭和40年 安城市指定史跡

碧海山古墳詳細

古墳名碧海山古墳
所在地愛知県安城市堀内町干地地内
形状円墳
規模東西17.5m、南北約22m
指定・種別昭和40年 安城市指定史跡

訪問日 2020年6月8日

訪問記

 今回訪れようと思う、「堀内古墳」と「碧海山古墳」は安城市堀内町にある「堀内公園」から近い場所にあります。それぞれを歩いても大した距離でもないので、堀内公園に車を停めて散策するのも良いと思います。

 堀内公園の北側駐車場の一角に安城市指定史跡となっている「堀内貝塚跡」があります。地図を見ると結構内陸なのに貝塚?と思ってしまいますが、縄文時代などはいまより海面が高く、「碧海台地」と呼ばれる台地は海に面していたのではと想像されています。

 「碧海台地」というキーワードは安城市をはじめとする碧海郡の歴史を見ていくと必ず登場してきます。現在でも航空写真などの地図を見ていると、台地部分と堆積層の区分がしっかり見て取れるほどです。

 まずは、古墳を訪れる前にこの「堀内貝塚」を見ていこうと思います。

堀内貝塚

 昭和二年に道路改修工事の際に貝塚が発見されたという堀内貝塚になります。
 先にも書いていますが「碧海郡桜井町誌」を作ろうと思って色々調べるまで、堀内貝塚の存在を全く知らず、写真の様に石碑も据えられているのですが、正直な所この石碑に面している道路は何度も車やバイクで走っていたのに全く気がつく事がなかったです。神社仏閣に興味が無い人に、目印として「あそこに神社あったでしょ。」といっても「そんなんあったっけ?」と返答される感じでしょうか・・・・よくわからない例えですな。

 貝塚の史跡をそんなに回った事がないので、よくわからないのですが、ここ堀内貝塚は貝塚の一部をガラス越しに見る事ができます。

 反射してしまい奥までは見えないのですが、地層の一部に貝殻が入っている地層(貝塚)がある事がわかるようになっています。

 現地に設置されている安城市教育委員会による説明板になります。ここ堀内周辺というか桜井の地は縄文時代から人々が住み着き、発展してきた場所なんだという事がよくわかります。そういった場所だから、碧海古墳群と呼ばれる何基も古墳が築かれた場所になっていくのでしょう。

堀内古墳

 堀内貝塚から道路を隔てた反対側に位置する場所にあるのが「堀内古墳」になります。ここ堀内古墳の墳丘上にも社が建てられているようです。

 江戸時代から大正時代にかけてここ堀内古墳の墳丘上には「天満社(天神社)」が鎮座していたとして「天満山古墳」とも呼ばれていた様です。鎮座して「天神社」は大正三年に「桜井神社/紹介記事」に合祀されています。祭神である「菅原道真」の御魂は遷座しても社は残っていたようで、その後「天王社」が勧請されたといいます。
 しかし、天神社がこの地に鎮座していた遺構は現在でも残っています。

 式外天神社と彫られた社号標と、天満山古墳と彫られた石碑になります。菅原道真が神として祀られたのが天暦元年(947年)ですので、実は天神社又は天満社で式内社は存在しなかったりします。

 石段を登り墳丘上に登ると、天王社と稲荷社の社が鎮座していました。

 この角度からみると、古墳の墳丘上とは思えませんね。安城市の説明でも「天王社」と書かれているのでそう表していますが、実はこの社に掲げられている扁額には

 天王社ならぬ「天皇社」となっているんです。
 天王社なら祭神は建速須佐之男命かなと思っていたのですが、天皇社となると・・・。天神社が桜井神社に合祀され、当時現人神だった天皇を祀る神社としたのでしょうか・・。

 社の基壇には上記のような石造りの祠?が据えられていました。中にはご覧の通り「天皇」と彫られていますね。やはり、天皇を祀る為に作られた物でしょうか。

 ここ堀内古墳にも安城市教育委員会による説明板が据えられていました。ここでも大正三年まで天神社が鎮座していた事が書かれていますね。しかし、桜井神社に合祀されたことまでは書かれていないので天神社が廃社されたかのようなイメージを持たれかねないですね。

碧海山古墳

 堀内古墳から東に進み、「北河原下交差点」からすぐ近くの小山に見える場所が「碧海山古墳」になります。古墳名からわかるように碧海郡の語源となった古墳でもあります。

 碧海山古墳と彫られた石碑が据えられていました。

 ここ碧海山古墳も「桜井神社」と関係があり、「桜井戸/紹介記事」近くで創建されたという桜井神社は、ここ碧海山古墳の墳丘上に遷座し、その後「二子古墳/紹介記事」の墳丘上に遷座し、そして現在の「比蘇山古墳」の墳丘上に遷座したと伝えられています。

 ここ碧海山古墳の案内板は一世代古いタイプのものが設置されていました。発掘調査が行われて新しい発見が出たら新しい説明板に変わるのかな?

 参拝当日は2020年6月8日になります。2020年、世界的に震撼させ、現在でも世界では拡大の一途である「新型コロナウィルス」の蔓延なんですが、日本では何とか5月中旬から下旬にかけて緊急事態宣言も解除されていき、徐々にですが日々の生活が戻ってこようとしています。
 当サイトでも緊急事態宣言下では神社寺院の参拝を始めてスポットの訪問などは自粛してきていたのですが、他の人とは同時に訪れる事はないであろう場所の訪問から徐々に再開しております。

 碧海郡桜井町(現在の安城市桜井町周辺)を紹介する企画を自粛期間中に開始しています。途中まではそれまで中々紹介する機会が無かったストックの中から記事を作成してきていたのですが、ストックが切れ始めたのと自粛解禁がまさに都合よく重なってくれたので、なんとか順調よく記事を更新していく事ができそうです。

 是非、安城市を訪れる際は、歴史的に重要な史跡が残る桜井周辺を訪れてみて下さい。

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