大悲山 正法寺(南知多町豊丘) 知多新四国霊場 二十九番札所

寺院情報

寺院名 大悲山 正法寺
所在地 愛知県知多郡南知多町大字豊丘字本郷七番地
御本尊 毘沙門天王
宗 派 天台宗
創 建 天福元年(1233年)
札 所 知多四国霊場 二十九番札所
南知多観音霊場 九番札所
御朱印
H P

参拝日:2018年5月30日

知多新四国霊場公式ホームページのご紹介


知多四国公式サイト | 愛知県知多半島にある知多四国八十八ヶ所霊場の公式サイトです。

沿革・由緒

正法寺は野間大坊で長田忠致により源義朝と共に殺害された家臣「鎌田兵衛正清」の屋敷跡で、天福元年(1233年)比叡山の僧、徹円阿闍梨が草堂を建てて「鎌田正清」の念持仏であった毘沙門天像を安置し護摩堂を建立したのが始まりとされています。

昭和五十年に完成した鉄筋造りのあかるい多宝塔造りの本堂に祀られるのは行基菩薩作と伝えられる阿吽両体(毘沙門天と吉祥天のご夫婦像ということ)で、夫婦で祀られている毘沙門天は日本でも数少ない。

知多四国めぐり」より

知多四国霊場を行く

二十八番札所「浄光山 永寿寺」を後にして、二十九番札所「大悲山 正法寺」を目指します。美浜町の三河湾側の札所を巡ってきて、このまま南知多町に入ります。この後。南知多町の札所を廻り終わると今度は美浜町の伊勢湾側を北上していく形になりますので、ここで、美浜町とはお別れです。

浄光山 永寿寺(美浜町豊丘) 知多新四国霊場 二十八番札所
寺院情報 寺院名 浄光山 永寿寺 所在地 愛知県知多郡美浜町大字豊丘字西側三十五番地 御本尊 阿弥陀如来 宗 派 西山浄土宗 創 建 寛永元年(1624年) 札 ...

永寿寺から正法寺の間なんですが、一旦国道247号線に出て迂回するルートと、道は狭いですが比較的最短距離で迎えるルートがあるようです。自分は南知多自動車道の側道になっている感じの県道7号線を豊丘方面に向かいって正法寺を目指しました。

なにやら二十九番札所への案内看板がありました。このまま側道を走り抜けて豊丘方面に抜けていきます。


管理人が行く知多四国霊場巡礼の旅

知多四国霊場を行く
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参拝記

豊丘ICと交差する県道280号線から南知多運動公園に抜ける道があり、この道を抜けてくると、正法寺が鎮座する場所に行きつくことができます。途中、地図にも載っています長寿寺が鎮座していますが、こちらは四国直伝弘法霊場と南知多観音霊場の札所になります。


由緒にありますが、平治の乱にて敗軍の将として野間まで逃れてきた源義朝ですが、それに随行していたのが鎌田正清になります。野間の地を納めていた長田忠致は鎌田正清の舅であり、その縁をたどって野間の地に逃れてきたと思います。が、すでにこの時には平氏かららの源義朝の追討令が届いていたはずで、恩賞に目がくらんだ長田親子によって源義朝、鎌田正清らは殺害されてしまっています。

この辺りは、当ブログでも取り上げさせていただいていました。

鶴林山 大御堂寺(愛知県知多郡美浜町野間) 知多四国霊場 五十番札所
寺院情報寺院名鶴林山大御堂寺所在地愛知県知多郡美浜町野間東畠五十番地御本尊阿弥陀如来宗 派真言宗豊山派創 建天武天皇(673-686年)札 所知多四国霊場 五十番札所尾張観音霊場 八番札所東海不動尊霊場 二十一番札所御朱印...
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曇華山 法山寺(知多郡美浜町野間) 知多四国霊場 五十五番札所
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そんな鎌田正清の屋敷があった場所に正法寺が創建されたといいます。


山門

潜り戸のある袖壁が設けられた薬医門になります。
レンガ造りの壁が何とも言えない味を出しています。寺院らしいかどうかは別として・・・。

山門前には、本尊である毘沙門天王を掲げた社号標が据えられています。
夫婦で祀られている毘沙門天は数少ないというならば、吉祥天の石柱も建てると良いと思うんですけどね。

こちらは新四国第廿九番札所とほられた札所案内の石柱になります。

手水舎・水盤

コンクリート造りの手水舎になります。
質素といえば質素なんでしょうけど・・・、寺院建築としての重さは感じられないなあと。

本堂

最初見た時には、本堂とは思わず、ここ正法寺には多宝塔があるんだとしか思っていませんでした。で、奥にある本堂だと思っていた建物の中を見させていただいたときに中央に安置されているのが釈迦牟尼仏・・あれ?本尊って毘沙門天王じゃなかったの?と思っていると、多宝塔だと思っていた建物が本堂で、本殿だと思っていた建物が客殿だと教えて頂きました。

本堂の中に毘沙門天と吉祥天が祀られているそうなのですが、正面扉は閉まっていた為、拝見できませんでした。

弘法堂

平成九年に不審火により、弘法堂、客殿、庫裏が全焼し、平成十四年に再建されたそうです。

入母屋造瓦葺妻入りの向拝の設けられた弘法堂になります。
まだまだ古い弘法堂に張られている様なお札などもなく、きれいな弘法堂といった感じです。

内陣も非常に綺麗です。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

大師石像

客殿までには、弘法大師の石造が据えられていました。

客殿

雨の為なのか、客殿を撮った写真がなく・・・・

安置されていた仏様を・・・

参拝を終えて

正法寺を参拝していた時、一段と雨足が強くなり、参拝、納経するのに必死でその後の写真をあまり撮れなかったのが非常に残念でした。やはり、雨の日には、巡礼などは不向きですね。

次の目的地は

二十九番札所「大悲山 正法寺」を後に、本来でしたら三十番札所を目指すところなんですが、食事をする場所を探していたら師崎まで進んでしまった為、三十六番札所「天永山 遍照寺」を参拝することにしました。

写真を見てもらえばわかると思いますが、雨粒がこれだけ写り込むくらい雨が強く降ってきました・・・。

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