神社情報
| 神社名 | 伊良湖神社 |
| 鎮座地 | 愛知県田原市日出町骨山一〇六六番地(Googlemap) |
| 例大祭 | 四月第三日曜日 |
| 創 建 | 嘉祥元年(848年)または貞観十七年(875年) |
| 御祭神 | 栲幡千千姫命 |
| 旧社格 | 村社 |
| 神名帳 | 三河国神名帳 正三位伊良久大明 |
境内社
| 境内社 |
文化財
| 国 宝 | |
| 国指定 | |
| 県指定 | |
| 市指定 町指定 村指定 |
参拝情報
| 御朱印 | 〇 |
| URL | https://www.instagram.com/iragojinjya/ |
| 駐車場 | 〇 |
| 参拝日 | 2022-7-6 |
御由緒
社伝によると創建は貞観十七年(875年)或いは、嘉祥元年(848年)とも伝えられる古社になります。桓武天皇の御代(781~806年)、に三河国の「参河大野」という場所で紡がれた絹糸を「渥美神戸」と称して(伊勢)神宮に奉納が始まり、清和天皇の御代(858~876年)、渥美神戸が「伊良湖」へ運ばれ機織りされてから神宮へ奉納される様になっていきます。そして、機織りされた御衣を献上する為の神事を行う神社として創建されたと伝えられています。
元々の社地は宮山に鎮座していたが、明治時代に日本海軍が伊良湖岬先端部分を軍用地として接収した為、伊良湖神社も現在地に遷座しています。
「三河国神名帳」に正三位伊良久大明神とあり。「統叢考」に「伊良久大明神の草創は仁明天皇の嘉祥年中(848-50年)なり。」とある。この地伊良湖は「神鳳鈔」に御厨があり、伊勢に縁戸ある住民が移住した。承安四年(1174年)在銘の経瓦からみてもある。慶長六年(1601年)に朱印二十五石二斗五升を徳川幕府より寄進あり。貞享年間(1684-7年)には松尾芭蕉も詣でる。昔より大漁、延命、安産に祈願するもの静岡、岡崎方面より多しと。明治四年七月四日、村社に列し、同三十九年三月十日、大字伊良湖字宮下に鎮座のところ、現社地に遷座。同四十年十月二十六日、神饌幣帛料供進指定をうける。昭和九年十月、社殿の改修を行う。
愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」
御祭神
- 栲幡千千姫命
古事記では万幡豊秋津師比売命と記される。神名から「機織の神」とされる。
参拝記
渥美半島の三河湾側を通る国道259号線の伊良湖神社北交差点の辻に今回参拝する伊良湖神社の社号標が据えられています。ここから県道に入り伊良湖神社の境内を目指していきます。
参道

県道を進んでいくと鳥居が据えられています。鳥居周辺に車を停めることができるので、そこから徒歩にて境内にむかうことになります。でしばらく歩くとこんな風景が広がってきます。
手水舎

神明造風に造られた手水舎になります。こうして小屋風の手水舎は非常に少数なので、珍しい存在ですね。
社殿

(伊勢)神宮とかかわりが深い神社という事もあり、社殿建築も非常に神宮に近い造りとなっています。神明造を模した拝殿とその奥に神明造の本殿が鎮座しています。

神宮から海路ですと渥美半島は非常に近い場所なので、遠州まで神宮の社領が広がっていたんだとか。遠州の奉納物は伊良湖から海路で伊勢に運ばれていたようです。
磯丸翁の祠と碑

明和元年(1764年)伊良湖村の漁師の子として生まれた糟谷磯丸は、病などで苦しむ人たちの心を癒した歌を何百首も詠んだそうです。八十五歳で天寿を全うした磯丸氏は、その後「磯丸霊神」という神としてこの場所に祀られています。磯丸氏が無学から遠く京にも名が知れる歌人となった事から、学業や稼業の向上、繁栄を祈願して参拝されるようになりました。
遥拝所

神宮と橿原神宮の遥拝所になります。碑を通じて参拝する・・・まさに現代のリモート参拝が太古より行われてきた神道は非常に合理的な思考も持ち合わせている宗教だなと思います。
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鎮座地を地図で確認
| 神社名 | |
| 鎮座地 | 愛知県田原市日出町骨山一〇六六番地(Googlemap)(Googlemap) |
| 最寄駅 | 電車: バス:豊鉄バス「明神前バス停」徒歩9分 |
