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知多半島遍路・巡礼・参拝・探訪全部盛り 1日目その2
2020/12/31 知多全部盛り
知多半島に存在する弘法大師霊場を遍路して、観音霊場などを巡礼して、神社を参拝して、史跡を探訪していくという「知多半島一周全部盛り」企画の1日目後半戦の紹介になります。 2020年8月26日(水曜日 ...
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知多半島遍路・巡礼・参拝・探訪全部盛り 1日目その1
2020/12/31 知多全部盛り
おはようございます。 本日は2020年8月26日(水曜日)になります。晴天の下、朝の10時前だというのに日なたの気温が楽々35℃を突破するというここ数年当たり前の異常気象の中、名古屋鉄道名古屋本線の ...
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名和古墳群(愛知県東海市名和町)
名古屋市緑区大高町火上山に鎮座する「氷上姉子神社」の境外地となる場所に、円墳が三基寄り添った感じで築かれた「名和古墳群」があります。その立地から、埋葬者が尾張国造「乎止与命」、「建稲種命」、「宮簀媛 ...
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氷上姉子神社(名古屋緑区大高) 延喜式内社
ヤマトタケルが草薙剣を預けた「宮簀媛命」の屋敷跡に創建された神社になります。宮簀媛命は熱田神宮の鎮座する場所に草薙剣を奉斎する社を建立したと伝えられるなど、熱田神宮とは非常に強い関係性がある神社になります。
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熱田神宮末社元宮(名古屋市緑区大高町)建稲種命屋敷跡、氷上姉子神社元宮
熱田神宮の境外摂社である「氷上姉子神社」の西側にある「火上山」の山頂近くに熱田神宮末社「元宮」が鎮座しています。この火上山にはヤマトタケルから草薙剣を託された「宮簀媛命」の屋敷があり、草薙剣を熱田神宮に遷座させるまでこの地で祀ってきたと伝えられています。
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船津神社(愛知県東海市名和町) ヤマトタケル東征尾張上陸の地
ヤマトタケルの伝承がのこる東海市名和町に鎮座する船津神社の紹介です。ヤマトタケルの東征軍が三重県の桑名を出港しこの名和に上陸したし、東征軍が駐屯していた場所とも言われています。
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天満社(愛知県岡崎市北野町)
「北野廃寺/紹介記事」の西側に鎮座する天満社の紹介になります。詳しい社伝が伝えられておらず、創建時期など不明となっている神社です。ただ、廃寺跡のすぐ近くに鎮座している事から、この辺りは寺社を建立する ...
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北野廃寺(愛知県岡崎市北野町) 西三河最古寺院
現在、岡崎市北野町から安城市西部を通り、碧南市鷺塚町辺りで矢作川に合流している「鹿乗川」流域にて発掘された古代寺院四ヶ所の中で一番最古の寺院跡になる「北野廃寺」になります。一説には尾張から三河を領有 ...
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ヤマトタケル東征伝承地を尋ねるin愛知県
ヤマトタケルと東征 日本神話で最大の英雄と言えば「ヤマトタケル」で間違いない所かとおもいます。古事記では「倭建命」、日本書記では「日本武尊」と称されています。漢字表記する場合、一般的には日本書記の「 ...
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八幡社(愛知県岡崎市矢作町)
矢作川右岸の堤防道路を国道一号線から北に進んですぐの場所に「矢作神社/紹介記事」が鎮座しているのですが、その手前側に鎮座している神社があります。鎮座している場所から最初は矢作神社の境内社または境外社 ...
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矢作神社(愛知県岡崎市矢作町)日本武尊伝説地・軽巡洋艦「矢矧」艦内神社
古事記、日本書記に記されている日本創世の伝説の中でも最大の英雄と言えば「日本武尊」になるのではないでしょうか。日本全国には記紀に載っていない日本武尊の伝承地と伝えられる場所が非常に数多く存在していま ...
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白山神社(愛知県岡崎市橋目町)橋目館城跡
桶狭間の合戦の前後に橋目の地に館城を築いた「山内源内」の崇敬していた白山権現を勧請し一族の守護神として祀られたのが今回紹介する「白山神社」になります。 神社紹介 神社名白山神社鎮座地愛知県岡崎市橋目町 ...
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長瀬八幡宮(愛知県岡崎市森越町)
「越野神社/紹介記事」の境内横に長瀬八幡宮の両部鳥居の一の鳥居が平成二年まで建っていたといいます。この一の鳥居から700mほど北に進むと長瀬八幡宮の境内があります。平安時代の前九年の役で鎮守府将軍とし ...
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越野神社(愛知県岡崎市舳越町)
安城御影を西本願寺に寄進した事で知られている「願照寺」の山門から真っ直ぐ東に道なりに進むと、長瀬八幡宮の参道とぶつかる場所に舳越町の鎮守社である「越野神社」が鎮座しています。元々は荒神社と称していた ...
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昭高山願照寺(愛知県岡崎市舳越町) 真宗本願寺派三河七カ寺
親鸞聖人の直弟子であった「専信房専海」の開基伝わる浄土真宗本願寺派の寺院になります。三河一向一揆前までは真宗本願寺派三河七ヶ寺の一つに数えられ、真宗本願寺派三河教団の中心的寺院となっていました。願照 ...
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小針城(愛知県岡崎市小針町) 阿部一族居城
室町時代中期に、阿部忠正が築城したというのが「小針城」になります。岩津城主松平信光が矢作川を渡河して安祥城を攻め落とすと、安祥城主となった信光三男「松平親忠」が祖となる安祥松平家に臣従することになっ ...